jyonyblog’s diary

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80年代の芸能レポーター ギャラが事件記者より高かったワケ

 日本が経済大国として世界にその名を轟かせていた1970年代後半、テレビ界にも革命が起きていた。女性週刊誌の専売特許だった芸能人の熱愛や不倫を、ワイドショーが取り上げるようになったのだ。当時から芸能レポーターとして活躍する前田忠明氏が語る。

「従来の『小川宏ショー』(フジテレビ系)などは生活情報やスターを呼んでのトークが中心で、私生活の話題はその時に少し出る程度でした」

 1975年末、『アフタヌーンショー』(NET系、現テレビ朝日系)が年間総決算の芸能特集を組むと、高視聴率を記録。ゲスト出演していた『ヤングレディ』記者の梨元勝は翌年から番組と契約し、芸能人に直撃するスタイルを確立した。

「時を同じくして肩に担げるENGカメラが登場し、スタジオを飛び出して現場に向かう機会が大幅に増え、レポーターという職業が生まれたのです」(前田氏)

 テレビ局は『女性セブン』の福岡翼、『女性自身』の前田忠明、『微笑』の須藤甚一郎を引き抜き、1980年代には『FOCUS』など写真週刊誌が創刊され、取材合戦は熾烈を極めた。

「テレビ全局であるタレントを張り込んでいた時、午前0時になっても帰ってこないので、話し合って一斉に撤収した。でも、15分後に行ったら全員戻っていました(笑い)」(前田氏)

 芸能ネタは視聴率を稼ぎ、早朝から深夜まで現場を駆け回るレポーターは報酬も良かった。1988年、梨元の誘いで『週刊女性』から転身した石川敏男氏が明かす。

「ギャラは出版社時代の倍になったし、移籍の支度金までもらいました。当時、日本テレビは『スターに対して卑屈な気持ちになったらいけない』という理由で、事件記者よりも高かった」

 
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