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とにかく明るい安村 夏の甲子園中止に「確実に糧になる」「とにかく明るく生きてほしい」

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 「第102回全国高校野球選手権大会」の中止が正式に決まった20日、高校時代に野球部だった芸能人から、甲子園への道を断たれた球児への励ましの声が相次いだ。旭川実(北北海道)で1999年夏に甲子園に出場したお笑い芸人、とにかく明るい安村(38)はスポニチ本紙などのリモート取材に「本当につらいと思うが、苦しい練習は確実に糧になる。とにかく明るく生きてほしい」と話した。

 背番号13の控え野手として甲子園に出場した高校3年の安村。聖地の土を踏んだのは、伝令としてマウンドに行った3度きりだったが、開会式で名門校のユニホームを生で見た興奮は今も思い出す。

 「球場に入ったとき感じたパワーは凄かった。いまだに甲子園に行ったのを凄いと言われる。一生の自慢」と球児にとっての特別な場所だと強調する。

 「野球部なら誰もが小、中学生のときから甲子園のことを考えている。それがなくなるのは信じられない」と絶句。「予選で負けて行けないなら納得いくが、勝ち負けも何もなく“明日から終わりです”というのはかわいそう」と思いやった。

 甲子園への道は長く険しい。自身も、毎日グラウンドを50周したり、ボール回しをノーミスで100回するなどの苦しい練習を積んだ。「甲子園に行くために、それを我慢していた。報われないのは気の毒」と話した。

 一方で「その経験があとになって良かったなと思うときが必ずある。切り替えて、とは言えないが、球児には変な道に行かず、とにかく明るく生きてほしい」と心から願った。

 卒業後、芸人に。コンビ解散、低迷を経て15年にパンツ一丁でのギャグ「はいてますよ!」でブレーク。喜びもつかの間、不倫報道のあおりで仕事が減った。「ふとした時、やはりあの時の練習のしんどさを思う。体も心も高校時代が一番しんどかったから、しんどい中にも楽しさを見つける生き方の根本になっている」。現在は体を張った芸で、日本テレビ「有吉の壁」などで活躍を見せる。

 甲子園の土は人に渡したまま行方不明で、手元に残ったのは砂粒のついた空の瓶だけ。それでも野球に打ち込んだという財産は確かに残っている。「大変なときにみんなと一緒に乗り越えたとか、そういうことは消えない。僕が同じ立場になったらぶつける場所がなく戸惑うと思うが、人生楽しいこともたくさんある。どうか真っすぐに生きてほしい」と呼びかけた。 

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